「あの部屋が私の大家人生を狂わせたんです」。そう語るのは都内でアパートを経営して30年になる大家の田中さん(仮名)です。彼の所有するアパートの一室は10年以上にわたりゴミ屋敷でした。住人は40代の単身男性。入居当初は真面目な会社員だったと言います。異変に気づいたのは入居から数年後。共用廊下にゴミ袋が置かれるようになったのが始まりでした。田中さんは何度も注意しましたが男性は「すみません」と謝るだけで状況は改善しませんでした。やがて部屋からは異臭が漏れ始め他の入居者からの苦情が殺到するようになります。「田中さん何とかしてください!」。その声に田中さんは何度も男性の部屋を訪れ時には声を荒らげて片付けを迫りました。しかし男性はドアを固く閉ざし出てくることさえなくなってしまいました。家賃の滞納も始まりました。田中さんは弁護士に相談し法的な手続きも検討しましたが、訴訟にかかる費用と何よりも人を強制的に追い出すことへの精神的な抵抗感からなかなか踏み切れずにいました。その間にも優良な入居者は次々と退去していきアパートの経営は赤字に転落しました。田中さん自身もストレスから体調を崩し眠れない夜が続きました。問題が思いがけない形で終結したのは10年が経ったある日のことでした。男性が職場で倒れそのまま入院。駆けつけた親族が部屋の惨状を知り田中さんに謝罪すると共に専門業者に依頼して部屋を片付けることになったのです。ゴミが全てなくなりリフォームされた部屋を見て田中さんは安堵よりも深い虚しさを感じたと言います。「もっと早く福祉とか他の窓口に相談していれば彼も私もここまで苦しまずに済んだのかもしれない」。田中さんのこの言葉はゴミ屋敷問題が単なる法律論や貸主・借主の関係性だけでは解決できない、社会全体のそして人間の心の奥底に関わる深い問題であることを物語っています。
ある大家の苦悩!ゴミ屋敷との10年戦争