ゴミ屋敷の状態が極限まで進行すると、料金の未払いや設備の故障により、電気、ガス、水道といったライフラインが一つずつ途絶えていく局面が訪れます。現代社会において、これらのインフラなしに生活することは不可能に思えますが、ゴミ屋敷の住人はそれでもなお、その場所で生活を続けようとします。水道が止まった後、彼らがどうやって生活しているのか。まず、飲料水はペットボトルで大量に購入し、生活用水は公園やコンビニの水道を借りて賄うようになります。風呂に入れない状態が続くと、体臭を消すために香水を多用したり、除菌スプレーを体に吹きかけたりといった、場当たり的な処置が繰り返されます。電気が止まると、生活のリズムは太陽の動きに同期せざるを得なくなります。夜間はスマートフォンの明かりや懐中電灯だけで過ごし、情報の入手先は唯一の充電手段である職場や外出先のコンセントとなります。冷蔵庫が止まれば、中身は一気に腐敗し、それがまた新しい悪臭と害虫の源となります。ガスが止まることは、温かい食事の完全な喪失を意味します。こうした過酷な状況下にあっても、住人が部屋を離れないのは、外部の世界に対する恐怖や、ゴミという名の「自分の分身」から離れられないという、深い執着があるからです。しかし、その仮想の繋がりは、現実の部屋を綺麗にする動機にはなり得ず、むしろ現実逃避を加速させます。ゴミという壁によって作られた孤独な生存圏は、誰にも傷つけられない反面、誰にも助けてもらえない場所でもあります。万が一、家の中で倒れても、発見されるのは数週間、数ヶ月後になるという恐怖を、彼らは心の片隅に常に抱えています。彼らにとって、インフラが整った快適な生活よりも、誰にも邪魔されないゴミの山の中での孤独な自由の方が価値を持ってしまうのです。しかし、ライフラインが絶たれた生活は、人間の尊厳を急速に奪い去り、健康を著しく損なわせます。暗闇の中で静かに呼吸を続ける彼らの生活は、社会からの孤立が完全なものとなったことを示す、悲痛なサイレント・メッセージでもあります。
ライフラインが途絶えた後の生活基盤