現役時代、私は幾度となく「ゴミ屋敷を何とかしてくれ」という叫びに似た通報を受け、現場に駆けつけました。しかし、制服を着てパトカーで乗り込んだとしても、私たちがそこでできることは、世間が期待するよりもずっと少ないのが現実でした。現場に到着すると、近隣住民の方々は「やっと来た、全部片付けてくれ」と期待の眼差しを向けますが、私たちが直面するのは「自分の財産だ」と主張する住人と、それを保護しなければならない法制度のジレンマです。個人の敷地内にある物は、たとえそれが客観的に見て生ゴミの山であっても、所有権という憲法で保障された強い権利に守られています。令状もなしにそれを持ち出せば、私たち警察官が不法行為で訴えられてしまうのです。ある現場では、ゴミが膝の高さまで迫る中で、衰弱した高齢者が一人で座っていました。私たちは救急車を呼び、福祉への繋ぎを行いましたが、部屋のゴミには指一本触れることができませんでした。住人が病院へ運ばれた後、空っぽになった部屋に残された山のような不用品を、泣きながら見つめる近隣住民の姿は、今でも目に焼き付いています。「警察なのにどうして何もしてくれないのか」という言葉を投げかけられることもありましたが、そのたびに法的な壁を説明しなければならないのは、私たちにとっても非常な苦痛でした。また、ゴミ屋敷の住人は警察を極度に恐れ、あるいは敵視する傾向があります。彼らにとってゴミは、自分を社会から守る鎧のようなものであり、警察官がそれを剥ぎ取ろうとする行為は、魂を脅かす侵害に等しいのです。私たちは、説得を試みる際も、あくまでソフトな口調で、健康被害や火災のリスクを説くことしかできません。結局のところ、ゴミ屋敷問題の根本解決には、警察の力だけでは不十分で、医療、福祉、そして行政による長期的なサポートが不可欠です。警察ができるのは、トラブルが暴動に発展するのを抑え、命の火が消えかけていないかを確認する「止血」のような役割まで。そこから先の「治療」は、地域社会全体で担わなければならないのです。制服を脱いだ今だからこそ言えるのは、警察を呼ぶことが解決の終わりではなく、社会全体でその人を救い出すための、一つの大きなサインであってほしいということです。
元警察官が語るゴミ屋敷の現場対応における苦悩と現実