かつて、私の部屋は足の踏み場もなく、床が見えるまでに数年の月日を要するほどの、典型的なゴミ屋敷でした。外見は普通に仕事をこなす会社員でしたが、一歩玄関をまたげば、そこはゴミの海。どうしてこんなことになってしまったのか、自分でも分かりませんでした。最初はただの「片付けが苦手な人」だったのが、仕事のストレスや失恋が重なり、ある日からパタリと糸が切れたようにゴミを捨てるエネルギーが湧かなくなったのです。ゴミ屋敷問題の当事者として言えるのは、私たちは決して好きでゴミの中に住んでいるわけではないということです。毎日、汚れた部屋を見ては自己嫌悪に陥り、死にたいほどの羞恥心を感じながら、それでも動けない。ゴミは、外からの刺激を遮断し、自分を隠してくれる安心な壁のようでもありました。そんな私が変わるきっかけになったのは、友人からの「最近、体調はどう?」という、片付けとは無関係な一言でした。部屋の惨状を責めるのではなく、自分自身を心配してくれる声に触れたとき、凍りついていた心が少しだけ溶け出し、助けを求めてもいいのかもしれないと思えたのです。私は意を決して専門の清掃業者に連絡し、作業の間は涙が止まりませんでした。何年も溜め込んだゴミが次々と運び出されていく様子は、自分の醜い部分が晒されているようで苦しかったですが、同時に驚くほどの解放感もありました。ゴミ屋敷問題を克服するプロセスで学んだのは、片付けは技術ではなく、自尊心の回復であるということです。自分を大切に思えるようになって初めて、環境を整えようという意欲が湧いてくるのです。現在は、物が少ない清潔な部屋で暮らしていますが、今でも油断すると物が溜まりそうになる恐怖はあります。しかし、一度リセットしたことで、自分一人で抱え込まずに誰かに頼る勇気を持てるようになりました。ゴミ屋敷問題の中にいる人は、ひどい孤独の中にいます。必要なのは、ゴミを捨てるノウハウではなく、その人の存在を肯定してくれる誰かの存在なのです。私の体験が、今まさに暗闇の中にいる誰かの希望に繋がることを願ってやみません。
汚部屋から脱出した私が語るゴミ屋敷問題