かつての私の部屋は、いわゆるゴミ屋敷そのものでした。入り口から奥のベッドに辿り着くまでに、膝の高さまで積み上がったペットボトルやコンビニ弁当の殻をかき分けて進まなければならない惨状でした。当時の私が最も苦しんでいたのは、片付けられない自分への自己嫌悪ではなく、毎朝目覚めるたびに頭を殴られたような重い頭痛に襲われることでした。最初は仕事の疲れや睡眠不足のせいだと思い込んでいましたが、次第にその痛みは一日中消えなくなり、こめかみをギリギリと締め付けるような感覚が日常となってしまいました。部屋の空気は常に淀んでいて、窓を開けようにも物が邪魔で数センチしか開きません。夏場には、得体の知れない腐敗臭と湿気が混ざり合い、呼吸をするたびに脳が拒絶反応を起こしているのが分かりました。頭痛が酷くなると、さらに動くのが億劫になり、ゴミがさらに溜まっていくという地獄のような悪循環に陥っていました。病院へ行っても「ストレス性の緊張型頭痛」と診断され、処方された鎮痛剤を飲むだけの日々が続きましたが、一向に改善の兆しは見えませんでした。ある日、実家から来た母に無理やり部屋を片付けられた際、数日ぶりに床が見え、溜まっていた全てのゴミが運び出された後、驚くべきことが起きました。あんなに私を苦しめていた頭痛が、霧が晴れるように消え去ったのです。そこでようやく、私は自分が有毒な空気の中で生活していたことに気づかされました。カビや埃、そして腐敗したゴミから出るガスが、私の脳を麻痺させていたのでしょう。清潔になった部屋で深く呼吸ができるようになったとき、頭痛という痛みは、私の体が必死に発していた「ここから逃げろ」という防衛本能だったのだと痛感しました。ゴミ屋敷を解消することは、単に部屋を綺麗にすることではなく、自分の肉体と精神を汚染から救い出す儀式です。あの重苦しい頭痛のない日常を取り戻した今、私は二度とあのゴミの山には戻らないと誓っています。
ゴミの山で眠る日々が私にもたらした慢性的な頭痛の記憶