足の踏み場もないほどに不用品が積み上がったゴミ屋敷の片付けに着手した際、私が最も戦慄したのは、山のような雑誌や空き缶の隙間から次々と現れる使い捨てライターの存在でした。かつての私の部屋は、いわゆるゴミ屋敷と呼ばれる状態で、重い腰を上げて清掃業者を呼ぶ決意をしたのですが、その作業の過程で見つかったライターの数は、実に数百本に及びました。タバコを吸う習慣があった私は、ライターが見当たらないたびに新しいものを購入し、それがゴミの山の中に埋もれてはまた買うという不毛なサイクルを繰り返していたのです。ゴミ屋敷の中に放置されたライターは、単なる不用品ではなく、いつ爆発してもおかしくない危険物であるという認識が当時の私には欠落していました。清掃業者のスタッフの方が、慎重な手つきでそれらを仕分けていく姿を見て、私は自分の無知を恥じるばかりでした。ゴミの重みでライターのレバーが圧迫され、微量ながらガスが漏れ続けているものもあり、部屋全体が火薬庫のような状態になっていたのです。これらのライターを処分するためには、一本ずつ中身のガスを抜くという、気の遠くなるような作業が必要になります。ガスが残ったままゴミ袋に入れてしまえば、収集車の中で爆発事故を起こし、作業員の命を危険にさらすことになりかねません。私は業者の指導を受けながら、ベランダで数日間かけてガス抜き作業を行いました。レバーを固定し、シューという音と共にガスが抜けていくのを待つ時間は、自分のだらしなさが引き起こした結末を一つずつ清算していくような、苦痛に満ちた時間でした。ゴミ屋敷の中にこれほどの火種が眠っていたという事実に、今さらながら背筋が凍る思いです。ライターという小さな日用品が、積み重なることで巨大な脅威へと変わるゴミ屋敷の恐ろしさを、私は身をもって知ることになりました。もし、自分の部屋が荒れ始め、そこにライターが散乱しているのを見つけたら、それは生活環境だけでなく命の危険が迫っているサインだと捉えるべきです。一本のライターを正しく捨てられないという心の緩みが、やがて取り返しのつかない惨事を招く可能性があることを、私たちはもっと強く意識しなければなりません。