足の踏み場もないほどに物が溢れかえった部屋を抱えている人の多くが、実は最初に「ベランダ」を物置にしてしまったという共通点を持っています。かつての私もその一人でした。最初は、部屋の中に置くには少し邪魔な空き段ボールや、資源ゴミの日まで待つのが面倒な雑誌の束を、軽い気持ちでベランダに出したのがきっかけでした。特殊清掃やゴミ屋敷の原状回復を専門とする私にとって、ベランダのゴミ撤去は室内の作業以上に困難で、かつ神経を研ぎ澄まさなければならない過酷な現場の一つです。インタビューを通じて、その知られざる実態をお話ししましょう。ベランダのゴミは、先ほども述べた通り、雨風にさらされて固着していることが多く、一見するとただの荷物に見えても、いざ動かそうとすると一つの巨大な「塊」になっていることがよくあります。外なら匂いも気にならないし、誰かに見られることもないという安心感が、私の判断力を鈍らせていきました。ベランダは、部屋の中というプライベートな空間と、外の世界というパブリックな空間のちょうど中間に位置する、いわば「逃げ場」のような存在になってしまったのです。次第にベランダに出される物は増え続け、洗濯物を干すスペースがなくなり、窓を開けることすら億劫になっていきました。ベランダが物で埋まると、部屋の中に日光が入らなくなり、常に薄暗い中で過ごすようになります。すると、不思議なことに部屋の中がどれだけ汚れていても気にならなくなっていくのです。ベランダのゴミは雨に打たれて重くなり、底の方は得体の知れない泥のような汚れで固着していきます。窓を閉め切ることで、私は自分の部屋がゴミ屋敷化している現実から目を逸らし続けました。しかし、ベランダという場所は、実は自分だけのものではありません。集合住宅であれば避難経路でもあり、隣室と繋がっている場所です。そこをゴミで埋め尽くすことは、自分自身の生活を崩壊させるだけでなく、周囲の人々の安全をも脅かしているのだという事実に、当時の私は全く気づいていませんでした。ベランダのゴミの山は、私の心の重荷そのものでした。あの日、意を決して窓を開け、最初の一袋を運び出したときに感じた、数年ぶりの外の空気の冷たさと清々しさを私は一生忘れません。ベランダを綺麗にすることは、自分の人生に再び光と風を通すための、最も重要で最初の一歩だったのです。
ゴミ屋敷のベランダが崩壊の始まりだった